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自分の仕事を見つめ直す1週間

自分の仕事を見つめ直す1週間

 「はい、あなた。来週は○○の営業所へ行ってね」。年に1度、金曜日にこう言われる。1週間仕事を予定なしに離れさせ、その間に不正がないかどうかを確認しようというものだ。確認なら特別持ち場を離れさせなくてもよさそうだが、確認というよりもどちらかというと、居なくなることで綻びが出てくるのを期待するという側面が大きい。人聞きは悪いが、極めて性悪説の発想である。

その金曜日は大変だ。翌週1週間分の業務の引き継ぎをしなくてはならない。ルーティンになっている仕事、カレンダーが埋まっている仕事ならば大したことはない。紙に書いて、説明をするだけだ。こういうときに厄介なのが、たぶん来週あたりくるであろうお客さんのことや、締切はまだ大分先だが来週あたりやっておこうと思った仕事を全て引き継がなくてはならないことだ。在籍期間が長くなればそれに比例して、在籍していたからこそわかっていること、些細なことにその手の話は多い。いずれ転勤する身であるのでどこかで引き継がなくてはならないことだが、今日の明日ではさすがにすべてを引き継ぐことは難しい。これも情報の共有化を図っていれば、とコンサルタント屋さんがいいそうなことだが、人が感じ取ったものが、すぐに情報という化体されたものに変換できるほど、人間は器用ではない

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photo credit: UGL_UIUC via photopin cc

手を出せない1週間

通信手段が発達した現代、場所が違えど仕事はできるだろうと思われるのはごく普通なことである。作りかけの書類はクラウドに入っていて、どこにいってもファイルにアクセスできるではないか。

ところがそうは問屋が卸さない。確かに作成途中のWordファイルはどこの営業所に行っていようと、サーバに保存しておいたものならばアクセスすることはできる。しかし、それしかないのだ。作りかけのWordファイルしかない。案件を検討するためには元になる資料が必要だ。決算データはシステムに入れてあるが、月次の資料や今回の資金に関する資料は基本的に媒体としての紙でお客さんから受け取る。そういった資料なしに作りかけのWordに文字を埋めていくことはできないのだ。

派遣された先の営業所でも、急に現れた人には極めて単純なルーティンワーク程度しか仕事を渡すことはできない。たった1週間しかいない人に、自分のお客さんの資金繰りを理解しようとしたところで意味はないし、そこでの判断がその後の対応方法に影響が出ないとも限らない。だから、自分の仕事もできないし、派遣先の仕事もほとんどできないのだ。

ならば、思い切って後ろを向いてみる

手帳は2冊使っている。見開き1週間のシステム手帳とモレスキンだ。この2冊があれば、ここ最近の仕事に関することやその他雑多なことまで、ほぼ全て書いてある。使い切るまで後一息のモレスキンを読み返してみることにした。

会社の研修やセミナーでの聴講内容や、案件について様々な書き方で書いてある。なかには字が読めなくてそこだけみたら何が何だか意味がわからないものもあった。これは大事だと思って書いたことが、ちゃんと覚えているものもあればすっかり忘れてしまっているものあり、どちらかといえば覚えていないものの方が多い。更にいえば、書かれたことだけを思い出しても何のことだかわからない。知らないうちに、モレスキンにその時の断片だけを書いたものが、前後の脈略を含むものになっている。

今現在の僕のやり方として、あえてToDoリストというものは作っていない。気がついたものをノートしていき、1つの区切りがついたところで、ふと手を休めたところで見返して確認する方法でやっている。だからこのノートはToDoリストのなりそこないも兼ねている。1冊のノートに短期的なToDoから、研修の内容まで書かれていては、そのノートはさながら文字の闇鍋状態だ。GTDでいうところのinboxにしているからだ。そして、ノートをちぎるわけにもいかないので、その状態でレビューまで行っている。

1日のなかでも区切りで、会社を出る前に、金曜日の会社を出る前に、明日以降の大まかな段取りを作ってしまうのでノートを見返すことは習慣になっている。ただ、その見返しは今はまだ終わっていないものについてに限定され、短期的な内容の振り返りしかやっていなかった。

もっと長く、後ろをみる

時間を弄ばしているというとその営業所の人に失礼になるが、ノートを読み返すにはとてもいい時間がとれている。今週やらなくてはいけなかったことができない代わりに、今までやってきたことを思い返す。あまり思い出したくなかったものも、それを書いたころは現在進行形の案件で、思うようにことが運ばなかったことは結果論だ。思い返すだけならばまずかった対応方法などを1つ1つ、こうすべきだったと反省を込めながらも振り返りにあたってはそれは過去を美化していることにもなる。ノートを読み返せばそういった割引も増幅もなく、その当時を思い出す。

これが結構おもしろい。大したことではないけれど、そういえばと思って所属店に電話してみたりして、たった2日しかたっていないのにどこか第三者的な、よそ者が自分のことを気にしているような感覚がある。たまにはそういう感覚で自分の行いを省みることも必要なのだろう。GTDが長期的なやりたいことまでinboxに書き出せといっていることが、少し理解できたような気がした。

FAXで飛んでくる仕事ーボーッとしてるだけじゃないよ

そうこう日頃の自分の行いを振り返っているところに、FAXで仕事が飛び込んできた。試算表もらったら資本勘定が動いてるけどなんで?って、そんなこと僕に言われても…。電話の向こう側のボスは僕の「まずは謄本をとってくれ」という依頼が聞こえないのか、株式をああしてこうしてと、少々興奮気味である。謄本とって、を伝えるのに結構な時間がかかったが、送られてきたFAXをみたらしっかりと発行株数が増やされていた。

さて、後はそのからくりを紐解かなくてはならないのだが、そういった自分で買った専門書も全部僕の机のなかで帰りを待っているので参考にするものもない。そもそも、お客さんに聞けば済む話なのだが、資本勘定が動いたよって聞いたところで株式はどうしたの?って聞いてないからタイミングを逃してしまっている。

こういうときは、勘定の仕訳を紙に取引ごとに書き出すのが一番だ。さすがにページをめくるノートでは無理なので、コピー機からA4用紙を10枚ほどもってきて再現ドラマならぬ、再現伝票を消しゴム片手に作り始めた。

東京の図書館で被害が増加しているアンネフランクのアンネの日記の一部を思い出した。

紙は人間よりも忍耐強い ー アンネ・フランク

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