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【デジタルガジェットのジレンマ】完全なる勘違い:Excelの原稿用紙

【デジタルガジェットのジレンマ】完全なる勘違い:Excelの原稿用紙

役所の書式のひな形、例えば住民票をもらうときの申請用紙などはそれぞれの役所のウェブサイトであらかじめダウンロードして記入しておけば、窓口で書く手間が省けます。ファイルの形式はpdfだったり、パソコンで打ち込みできるようにExcelファイルだったりします。 確かに、A41枚の紙に住所や氏名、使用目的など様々な長さになる記入内容を盛り込むためにExcelでフォーマット(体裁)を整えることには一理あるでしょう。しかし、これが行き過ぎるととんでもない勘違いをやってしまいます。その最たるものが「罫線の原稿用紙」です。

タイプライターが発達できなかった日本語

梅棹忠夫先生もご指摘のとおり、長らく日本語ではタイプライターが流行りませんでした。アルファベット26字の世界と漢字が無限に組み合わさる日本語ではタイプライターの比較をしても仕方がありません。梅棹忠夫先生は「ひらがなタイプライター」をかなり使い込んでいらしたようなのですが、先生の著書は知的生産の技術を読んだことがあるだけですけれど、なるほどひらがなの多さにビックリします。正直読みにくい。 ワープロ専用機が発売されたのはもう何十年も前のことになるだろうが、メーカーごとにファイル形式が違うようでは千何百人が働いている企業で導入するにはコストが高すぎる。それも「字を打つこと」しかできないのであればなおさらです。

タイプライターと手書き文字の共通の美学

アルファベットを使う言語では日本でのワープロ専用機が登場するさらに数十年前、ひょっとしたら百数十年前からタイプライターがあたり前であった。タイプライターを使えば文字に書き手の個性が現れません。字の上手い下手も関係なく、読み手に読みやすい文章が綴られていきます。一方、日本語は漢字仮名まじりなのでタイプライターなし。字の癖で誰が書いたものなのか、会社の中といった狭い範囲に限定すればすぐにわかってしまいます。なので、タイプライター前提のアルファベットと漢字仮名まじりの日本語では「書かれた文字」に対する美学は比較する必要がありません。 ところが、残念なことに共通する美学が1つだけあります。それは、文章の1行1行が揺れないことです。

20140308

揺れない文章を書くための原稿用紙、のはずなのに…

僕が大学生の頃はまだ卒業論文の規定は基本的に手書き想定で「400字詰め原稿用紙何枚程度」といった、あくまでも手書きが大前提で書類の量や組み方が考えられていました。就職活動に使う履歴書も手書きが基本スタイル。なので、複雑なフォーマットを作ることが可能です。例えば左側は3行をまとめて大きくマスをとって、右側は1行ずつになっている、みたいな感じの申請書、ありますよね。手書きにせよ機械うちにせよ、少ないスペースにたくさんの情報を詰め込むために無駄なスペースを置いておくのはもったいないので、これはこれでありだと思います。

ところで、今文章を作成してどこかに提出する場合、例えば会社の中での稟議書もそうですが、必要最低限なものはフォーマットに埋めていけばそれの方が手早く読みやすく書類を作成できます。それだけで説明が済めば簡単ですが、このご時世そうは問屋が卸しません。様々な形でフォーマットに埋めたものに対する説明が必要になります。そこは書き方に定型的なものはなく、完結に説明ができる方法をとることになります。箇条書きよし、つらつらと文章を並べるもよし、数式やグラフを入れるもまたよし。どのような書き方をするにせよ、相手に読みやすい形であるべきです。それが手書きであれば(横書きであれば))、1行が上下に揺れていてはいけないという美学、いやそれ以前に礼儀を逸脱してはいけません。

規則を作るカイゼンは得だけれど、自由にするカイゼンは不得手

1行が上下に揺れてはいけないという礼儀を守るために、長らく横に薄く罫線が引かれた用紙が使われてきました。いわゆるレポート用紙というようなものです。会社の所定用紙でも、最初の方はフォーマットをバシッと決めた書式ですが、後ろの自由記入欄は罫線が引かれています。 しかし、しかしです。今の時代、パソコンで稟議書を作成することが多くを占めるようになりました。したがって1行が上下に揺れるということは発生し得ない(はず)です。なのに未だに罫線付きの用紙に固執します。なぜでしょうか。

そして、そこには最悪な悪あがきがあります。Wordはそもそも1行が揺れるはずがないので罫線をつけて印刷することが苦手(のよう)です。そこで登場するのがExcel。A4用紙に収まるところまでセルを結合し、セルの上下に点線の罫線をしっかり入れて、そこに文章を書かされます。これがとてもストレスなのです。なんといっても改行ができません。文章に手を入れる度に、右側で文字調節をやってやらなくてはいけません。この「文字調節」が甚だ時間の無駄なのです。一体いつまでこんなことをやるんでしょうか。

 

 

こうした方がいい、ああした方がいい、といったことは、規則性をつけることなので基本的には作業の細分化ですから純粋な工数としては増えるものです。確かに手書き全盛時代は用紙に横線が引かれたものの方が文字を書くときに揺れなくていい、というカイゼンがあったと思います。今ではパソコンで文章を作るので文字の揺れは発生しません。だから横線は必要ないのです。ところがこれをなくそうというカイゼンはなかなか首を縦に振ってくれません。カイゼンで作られたものも不必要になる時はあります。それをカイゼンできないことは、自由になることへの不安なのか、執着心が強すぎるのか、とにかくパソコンで文章を作成するのに今でも罫線付きの原稿用紙(にするために)、Excelまで使うことは必要悪になっているとしか思えません。


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