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新しいモノ好きは、新しいモノがスキなときと、新しいモノでできることがスキなときと2パターンある

友人からよく指摘を受けますが、結構思いつきで物を買います。Windowsのパソコンを使っていたとき、その遅さに耐えられずに2年も使えば買い替えてました。それもほぼ衝動的に。パソコンは買えばすぐに使い始めていました。だって今までのものが遅くてイライラするから。

反対に、なかなか使い始めなかったもの、ほとんど使えずじまいで終わってしまったものも、それはもうたくさんあります。

ほとんど買っただけで終わったものも…

思い出せるところで代表的なものをあげると、今となっては懐かしいPalm。確かIBMのものを興味本位で買ってみましたが、ほとんど使えずじまいでした。手帳の変わりになるだろう、パソコンと同期すればタスク整理もうまくいくだろうと思って買ってみましたが、まずスタイラスペンで操作することが(当時は)新しすぎたし、パソコンと同期をしても決してタスク整理がうまくいくわけではありませんでした。それはそうです。もともとタスク整理を手帳以外でやるということを考えずにいたからです。

その次はNECのMobile Gearを買った覚えがあります。キーボードがあれば使うだろうという、誠に浅はかな考えでありましたがこれもほぼ使わずじまいでした。問題はキーボードがないことと思っていましたが、Palmと同様デジタルでタスク整理をすることなんてこれっぽっちも考えていなかったので、キーボードがあるないに関わらず使えるようになるわけはありませんでした。

ただの新しいモノ好きはいけないことなのか?

当然そういう疑問がでてきます(時々ですが)。これ、別に悪いことではないと思います。言い訳でもなんでもなく(言い訳に聞こえたら、どうぞそう思ってください)。

まず、手にしないことには始まらないということがあります。だったら買う前にお店で試してみればともちろんなるわけですが、ガジェット系は実際生活の中に持ってこないと使うことができるか否かはわからないと思うのです。これを無駄遣いをしているといわれることがあります。

これが本だとしたらどうでしょう。本屋さんで本の全部を読んでから買うのではなくて、パラパラッと読んでみてよさそうなら買うということになります。もちろん、全部読んでしまったけれど片隅においておきたいというケースもあります。しかし、積ん読という言葉があるぐらいなので、見切り発車で本を買うことはある程度許容されたことといってよいでしょう。

新しいモノズキのちょっとだけいけないところ…

いつもお財布が寂しいことです。

でも、僕は自信をもっていえますが、経験を買っているんです。買って使ってみたけれどダメだった。あの機能はよかったんだけれど自分には合わなかった(または、それが使えるレベルに自分がなっていなかった)。

逆に使ってみたことで、買ったものはうまくいかなかったけれど今までのやり方じゃダメなんだなと思ったこともあります。

何でわざわざこんなことを書いているのかというと

つまりはまた買い物をしたのです。それは2つ一緒に買わなくては意味がないものでした。ある1つのものをうまく使うにはどうしても必要なものの組み合せがあります。もちろんお店で試してみましたが、やっぱりこれは欲しいなと思って両方を購入しました。

早速使ってみると想像以上の世界が目に飛び込んできます。僕が期待していた以上の世界です。とてもうれしく思いました。一方で、思慮の足らなさも実感しました。この満足を得るためには当然ここも変化するに決まっていることに気がついていなかったのです。いささか後悔の念が頭をよぎったことは否定しません。

想像以上の世界が繰り広げられ、また想像していなかったことが繰り広げられ。それでも今回は使い続け、そしてどういう場面でそれが最適になるのかを気がついたら模索している自分がいました。

これまでも同じことができるモノは持っていましたが、練習みたいなことをしたことがありません。だけど今回は、ことあるごとに持ち歩き練習をしています。あぁ、こんなにこの世界が手に入れたかったんだなとつくづく思います。それと同時に、気がついていなかったことをどうすればうまく取込むことができるのかを考えています。

随分遠回しな言い方だな

はい、そうです。

ボクは今までいわゆるモノレポを書いたことがほとんど(まったく?)ありません。今回は書いてみたいと思うのですが、それには書くだけのものができるようになってから書こうと思っています。

しかし、それを手に入れたことでの変化があったことを書き記しておきたかったのです。

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