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体が覚えたことは、10年経っても意外と覚えているものだな

体が覚えたことは、10年経っても意外と覚えているものだな

最後に行ったのはいつ、どこだったかもう思い出せないけれど、たぶん10年ぶりぐらいにスキーに行ってきました(3/29)。

会社に入って3〜4年は毎年1月2日がスキーに行く日と決まっていて、吹雪だろうがなんだろうが、恒例行事。それ意外にも土日で土曜の休日出勤が終わってから強行軍で行っていたりして、年間結構な回数行っていました。インフルエンザをこじらせて入院した冬以降はフェードアウトしてしまって、スキーに全く関心がなくなってしまい、それ以来ぷっつり。

でもここ数年、スキーシーズンの終わり頃になると、1回ぐらい行っておけばよかったなと思うことが多くなり、毎年数回はスキーに行っている友人に頼んで久しぶりにスキーへ行ってきました。ま、頼んで連れてってもらったのは事実ですけど、往復の運転は僕なんですけど。

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体って意外に覚えているのね

何せ10年ぶり。今までスポーツでそんなに長い間やっていなかったものなんてないので、最初の1本はすごく慎重になりました。リフトに乗れるか?降りられるか?万が一ダメだったらぼーげん、でもボーゲンってすんごい踏ん張る力がいるけど大丈夫か?以前よく行っていた時はどちらかというとスピード重視だったので、転んだときのグルグルコロコロ感が思い出されて不安がつのります。うまく受け身はとれるのか?

リフトも無事に乗り終え、いざゲレンデへ。ビンディングにブーツを固定するのも特に気にせず何事もなく終わり、滑り出す。滑り始め最初のときだけ、横滑りのエッジ感覚を思い出すように滑りましたけど、別に普通に滑ることができました。

以前から僕はターンの時も内足を上げずに常に両足で滑るようにしていたので、滑り始めはスキーが横流れすると内足のエッジが引っかかってヒヤッとしてしまいましたが、ロングターンで感覚を思い出したら、あとは至って普通に、なんのブランクを感じることなく滑ることができました。心配事は杞憂だっただけです。ヤッタッ!

心配事に入っていなかったが、なくなっていたものー体力

山頂からリフト乗り場まで一気に滑り降りることはゲレンデに結構合流点があるのでやめておいたのですが、大きいターンをしている分には何の問題もありません。緩斜面でもターンで加速させることも、思いのほかすぐに思い出すことができました。

僕のスキー板のビンディングにはターンモードとグリップモードの切り替えができるようになっています。これを切り替えるだけでスキー板の動きが劇的に変わります。ターンモードはとにかくレスポンスがいい。ショートターンの時に、スキーの向きを変えようという初動をほとんど意識しなくてもスキーをコントロールできます。

レスポンスはいいんです。レスポンスがいいだけに、ショートターンがホントにやりやすいのですが、そのやりやすさもコントロールができればこその性能です。ところがこのコントロールが難しかった。いや、難しいというより、10ターンもやると…。足がついてこない。それと同時に、息が上がる上がる。それはもう、ゼイゼイハアハア。とてもとてもコントロールどころではなくなってしまって、斜面の脇に止まって息を整えないととてもとても続きません。悲しいかな、滑り始めるまで全く気にしていなかった体力の現実を突きつけられました。

久しぶりに味わった歯を食いしばる感覚

進行方向にばかり気を取られていたら、楽しいスキーはできません。基本的に目線は進行方向のもっと先を、そして滑りながらあそこでターンも入れたら誰かとぶつからないか、いろんなことに気を配ります。

自分がスキーを楽しいと思うとき、自分の考えるスピードとコースを取れたとき。そうなると僕の技術ではギリギリというときが結構あります。特にスピードが上がってきたときのコース取は、単にスキーを横向きにして速度を落とせばいいだけのことですが、このときぐっと堪えてスピードと板を維持する、歯を食いしばって維持する感覚は久しぶりに味わいました。

もちろん、無茶をしているわけではありません。自分のコントロールの範囲内であることは十分に認識をもったうえでの堪えるです。いつまで堪えるのか?あとはリフトの支柱1本分か?コースの分岐点までか?もう1つ先の目標物まで行こうとするときの、息のあがり方、そのときの呼吸のタイミング。もう少しだけ、あともう少しだけ堪えるあの歯を食いしばるような快感は、今まで僕が経験したことではスキーに変わって何かで同じような快感を得たことはありません。

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楽しめることって何だろう?

最近よく口にするようになっていけないなと思うことは、友人と話をするときに「何かオモシロイことない?」と聞いてしまうことです。僕は自分が楽しいと思うことも探せないの?

今日ある方のお話を伺ったのですが、楽しいと感じることがなくなったとき、それは余裕がなくなっているシグナルです。子どもの頃は楽しいと思っていたことを、いつの間にかやらなくなってしまっている。楽しいことありますかと尋ねて、すぐにあるよと答えられる人は、実はそんなに多くないのではないかとおっしゃってみえました。

子どものころ楽しかったこと、それがガンプラを作ることであったのならば、じゃあガンプラ作ろうよ。

楽しいことを人に聞くことに頼ってばかりいないで、自分で見つけ出す。それは全く新しいことである必要はなくて、以前楽しかったことをもう1回、今それをやればいいんです。

「スキー連れてけ」って言って、ホントによかったです(しかし何度もくどいようですが、車は彼ので行きましたが、運転は往復僕です)。

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