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忘年会で大学生と話をして

忘年会で大学生と話をして

年末の忘年会で、若い現役大学3年、4年生の数名と場を一緒にする機会がありました。数ヶ月後には晴れて就社しサラリーマンになる未来が明るい人たちも、誰しも4月1日の入社式ではウキウキした気分で迎えても数ヶ月後には気がついたらウキウキ気分もすっ飛んでしまって、ドヨーンと気持ちが沈んでしまう人が少なからずいます。原因を挙げ出したらきりがありませんが、その多くは、いやほぼ間違いなくと言って良いでしょう、それは人間関係に起因すると思います。要するに「怒られ続けてわけがわからなくなっちゃった」というものです。

  • 以前に教えてもらったことなのに、それを忘れて何回も聞いてしまった、または間違えた。
  • 締切に間に合わなくて、そしてそれを直前になって伝えて起られた。
  • 営業予算の達成ができなくて起られた(これは何年経っても続きますが)

これらの問題は既述のように全てに相手があり、よって人間関係ですので入社してきた人が一方的に悪いということではなくて、私も含めた先に入社した人の教育方法、説明方法にも多大に要因があります。ですから一概に新入職員たちはこうすればいいといって解決できる問題ではありません。しかし、ドヨーントした気分にならないようにする努力は必要です。かといって、なんでも感でも「頑張ります」の一言で片付けるのは間違いですし、それを口にすることは無責任です。「頑張ります」には具体的な行動や意識の変化などが一体なににあるのか、その一言ではわからないからです。先達者として私は「頑張れ」という言葉は使わないようにしています。これも何に対してというメッセージが全く欠けているからです。

数ヶ月後に大学生からサラリーマンになる人は、そのまた数ヶ月後にどうすればドヨーンとした気持ちになるのを回避することができるのでしょうか。

今一度、学校と会社の違いを考える

会社での教育の目的は、その対象者が会社の中で利益を生む存在になることです。学校でのそれは(今の大学のあり方がどうこうというのは置いておいて)、卒業に見合うだけの単位の取得にありますし、その基準は単位を与える側にありますから基準がまちまちです。しかし、会社の場合は完全に利益をもたらすか否かに焦点が絞られます。

会社によっては、特定の誰かがあなたの教育担当となって、様々なことを教えてくれるでしょう。しかし、会社での教育はその担当者にとっては付随業務で、それが専業ではありません。学校の教官は教えることが専業ですが(もちろん、その教える最新の内容を得るために研究活動があります)、会社はそんなことは一切ありません。なので、あなたの面倒を見るということは残念ながらプライオリティが低いのです。

会社の指導担当者と学校の先生の違いを意識する

学校の先生は教育者になりたくてその職業に就いた人たちですが、会社で教えてくれる人はそんなことつゆひとつ思いもしなかった人たちです。学校の先生は人に教えることを学問として学んだ人たちですが、会社にはそのような教えることの訓練を受けた人はいません。ですから、教えることがヘタだと思って下さい。

会社の指導担当者はあなたに対して必要最低限の時間しかとってくれません。そして、教えてくれる人は、あなたに教えるために会社にいるのではないということです。自分の本業をこなしながらあなたにわざわざ時間を割いているということを意識して下さい。

更に、指導担当者はあなたを指導するという副業をやりながら本業をやっているわけですが、あなたの仕事がどれぐらいできるようになったか、どれほど効率的になったかについても、指導担当者の評価の対象になります。そういう意味ではあなたが如何に効率よく業務知識を習得して独り立ちできるかを自分の経験をふまえて考えてくれるかもしれませんが、残念ながらそれは諦めて下さい。そういう人にあたった場合はラッキーだったということです。

4月1日までにできることはあるの?

会社によっては入社までにこの試験に合格しておくこと、というものがあります。その資格がなければ業務にあたらせることができませんので、それはどうぞ努力して合格して下さい。金融機関だったらファイナンシャルプランナーの試験だったり、銀行業務検定だったりと大学のときには全く気にもしなかった資格試験というものが山のようにあります。

しかし、免許業務を除いて資格試験なんて、はっきりいってどっちでもいいです。その資格を振りかざして会社に入るようでしたら、それは勘違いです。資格があることが、業務をこなせるということは、残念ながら全くありません。会社で求められることは、やらなければならないことが如何に早く、間違いなくできるかの2点に絞られます。営業であれば予算の達成の目処がいつつくのか、管理部門でしたらその管理の業務に無駄なく、また間違いなく遂行できているかです。会社に選んでもらうために資格をたくさん取られた方もみえると思いますが、それはこちら側がその分だけ努力は人なのね、とふるいにかける網にしているだけで、採用した後は一切気にしていません。

これから3ヶ月間で就社に向けて何かやっておこうという方は、普段の何気ない行動について、「これっていつもこうやってるけど、他にやり方はないかな」、とか「いつもやってるけど、別になくてもいいんじゃないか」といった、なんでこれをやっているんだろうということを考えるようにしてみて下さい。それに加えて、これをやっているのはなんでかという逆パターンを考えることです。

So Why? Why So?

誰でも今持ち合わせている情報や、新たに探してきた情報を元に決定付を行います。ごく普通に行われていることです。このプロセスが何もなく勝手にできるようになったものがある意味で癖かもしれません。と同時に、固定概念で疑ったことがないというものが相当数あるものです。Aという話がある、Bという話がある、Cという話がある、だからこの問題の結論は○○である。というものです。

では、その逆を考えてみたことはありますか。ここでいう○○って本当にそうなの?という考え方です。だって○○だからAじゃないか、○○だからBじゃないか、○○だからCじゃないかが全部成立していますか?ものの考え方は入ってきた情報から得られた結論に対して一方通行になりやすいものです。そもそもAという情報が本当に正しいのか、なんでBという情報を根拠の1つとして採用したのか、その1つ1つを説明できなくてはいけません。

会社で求められることは資格でもなければ、その後の試験に受かるための勉強でも暗記力でもなく、上記のような考え方ができて、それが早く、かつその説明が相手に理解されるかです。この説明相手というのが取引先であり、所属長であり、先輩であり、周囲にいる人全てです。

会社に入れば中央分離帯はなくて、全部が対面通行の一般道

road

高速道路を走っているとき、前方から車が飛び出してくることはあまり気をつけて走っていません。たぶん気にしたこともないでしょう。これが地方の高速道路に入ってしまうと急に片側1車線の中央分離帯がない、普通の道路でビュンビュン走っているという区間に入ると途端に走行が慎重になります。中央分離帯がないので、反対側の車がよく見えることと、そもそも分離帯がないので何かの拍子で車が突っ込んでくるかもしれません。それでも最初は慎重になっていた運転も、反対車線の車を気をつけることにも慣れてすぐに感覚が普通に戻ります。

学校はそれ専用に作られた高速道路のようなものです。適度にP.A.があって休憩できるようになっているし、反対車線のことは気にしなくてもよい。就社することは、いよいよ一般道に降りて普通の道を走ることになります。そうすれば、子どもが飛び出してくるかもしれない、信号待ちの右折待ちしていた車が急に動き出した。当然事故も起ります。高速道路から出た直後の一般道の運転はどこか疲れるものがありますが、それもすぐに普通になります。

信号が赤である。交差する道路を車が走っている。正面を人が横断している。だから止まっていなくてはならない。

今止まっているのはなんでか?赤信号だから。交差する道路に車が走行しているから。正面を人が横断しているから。

この例えがよいかどうかはわかりませんが、なにごとも問題なくできていていることに対しても普段から???とちょっと疑問を持ってその反対側を考えてみる。こういう少しの習慣の変化をもつことで、今大学4年生の今年の3/4の生活が、少しだけよいものになるような気がします。

 






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