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【読了】時代と共に 銀行の中

よくない癖だとはわかりつつも、同業者が作家さんになっているとどうしても手にしてしまうんですよ。

著者は2017年に銀行を退職した吉田昭雄氏。計算上の入庫はおそらく昭和50年台半ばではないだろうか。平成2桁入社の私にはわからないけれど、どうも銀行ってそういうところだったらしいと漏れ聞こえてくるようなことが、ありのままに小説になっていて面白かった。今なら懲戒処分になっていることが、本当に日常にあったのだ。

今もそうあってほしいということでは、決してない

してはいけないことは、今も昔もしてはいけないし、ただそれが昔は少しゆるかったということなんだろう。それはきっと右肩上がりの世の中の懐の深さだったのではないかと、その時代を金融機関で過ごしていない私は思う。

その時代を過ごしていない私が感じることは、その結果がいいことだったのか悪いことだったのかは別として、銀行員にはいろんな選択肢が与えられていたし、またその選択を真剣に考えなければならない風土があったように感じた。今はそれがないのがなんだかな…、と思えてくる。

自分としては、個人情報保護法に振り回された印象

本書の帯には「コンプライアンスに振り回され、「違反」に怯える現代人に贈る」とある。

コンプライアンスという言葉が一人歩きし始めたのは平成15年ごろからではないかと思う。もちろん、私が入社した平成11年も言葉としてコンプライアンスはあったけれど、振り回されるほどではなかった。平成15年はちょうど個人情報保護法が施行された年である。ドキュメントはほぼ全て紙で、その枚数を来る日も来る日も数え、年に1度は合計枚数があっているか照合しなくてはいけないという膨大な作業が発生した。人間がやることに完璧はないので、どこかで○○がなくなったとなればたとえそれが誤ってシュレッダーしてしまったことも罰せられるようになった(それはある意味当たり前ではあるけれど)。ただし、その罰し方を事案紹介よろしく社内で公表し、その罰を全員に公表するようになれば、それを見た側は動けなくなってしまうのも仕方がない。明日は我が身なのだ。

発生した書類を正しく数え、亡くならないように保管する。一時期それが最も重要な仕事となって、本業で儲けることを考える余裕がなくなったときが実際にあったような気がする。

選択肢を探せない銀行員

平成15年といえば今から15年前である。今年で定年を迎える人も45歳ぐらいでおそらく一番脂ののった時期だったはず。それなのに平成15年からは「絶対に問題にならない方法」、「絶対にクレームにならない方法」を画一的に見つけ出すだけに銀行員がなってしまったような気がする。「絶対に」なので、他の選択肢を検討することがいまの銀行員の思考回路には全くなくなってしまっている。

私が本部にいるから余計にそう感じるのかもしれないが、支店からの問い合わせは相談ではなく、完全な「回答」を求めてくる。

難しいのはここからで、いまの銀行員は本部からの「回答」をそっくりそのままお客さん「回答」してしまうのだ。本部も人間、支店も人間、お客さんも人間なので、そこには様々な機微があるはずなのにそこに目がいかない。

選択肢を与えられたくない銀行員

毎日業務を行なっていれば様々なことが起こるわけだけれど、例えば支店からの問い合わせに対して「Aという方法とBという方法、お客さんの考え如何ではCという方法がある」というように複数の選択肢の回答をすると、「そんなに色々あっては相談の回答になっていない」となる。「それで、その3つのどれにすればいいんですか?」と聞かれても、それはお客さんや自分の上司とよく話し合って決めてくれとしか言いようがないのだけれど、それを言ってしまうと今度は「本部のあいつは不親切だ」となる。

これからこの業界に入ってくる人たち

さてこの悪い流れを断ち切りたいところだが、いまいる銀行員の約半分近くが「選択すること」を苦手とする人たちになってしまっているわけで、それを毎年一括採用で入社する新入職員から変えてみようと思ってもそうは簡単には行くはずもない。なにせ半分がその習慣を持っていないのだから。

加えて取り扱う商品は増える一方で人手は減り、どこにも余裕がない。せめて自分だけでも「選択肢を考える」ことを続けていこう。

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