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SNSは”隠れたり逃げたりできないという覚悟”が必要?

SNSは”隠れたり逃げたりできないという覚悟”が必要?

滅多に読むことがない我が業界紙、信用金庫新聞に”知っておいて損はない!ソーシャルメディアの賢い使い方”という連載があることを初めて知りました。日にちがEvernoteのキャプチャに入っていないのですが、1793号で連載は15回目。今回は”ソーシャルメディアの危機対応”となっています。自分のソーシャルメディアが炎上しそうな時や、炎上してしまったときの対応について考えるというものです。

インターネット上の社会をわける必要はあるか?

毎日会社なり学校なりへ行き、どこかかしこで人と交流(communicate)は発生します。無言で電車に乗っていても、カバンがあたってしまった人に頭を下げるるのも交流の1つです。

思うように本意が伝わらないこと、誤解を招くことの方が多くてなんでも思うようにことが進むなんてことはほとんどありません。communicateはお互いの考え方のすり寄せであると言ってもいいでしょう。

さて、記事ではこれらのことが”インターネット上の社会でも同じです”と改めて書いていることです。どうなんでしょう?インターネット上だから日常のcommunicateと違うことがあるんでしょうか?

もちろん、インターネットには物理的な距離感が極めて短くなりますから、Twitterでつぶやけば昼夜逆の地球の反対側の方から即座に反応が入るかもしれません。そういう意味ではインターネット上の社会というのは現実の社会と相違するかもしれませんが、誰でも自由に発言、表現をすることはインターネット上に限った話ではなく、一部の地域を除いてそれはいつでも自由に行うことが認められているはずです。インターネット上と枕詞を置くところに、インターネットやSNSが日常生活とは別ごとという感覚があるのかなと違和感があります。

隠れたり逃げたりできないという覚悟??

さて、記事は”隠れたり逃げたりできないという覚悟が必要です”と続きます。少し長く引いてみましょう。

もし自分のソーシャルメディアが炎上しそうになったとしても、匿名だから大丈夫という油断は禁物です。この連載で何度も指摘したように、完全な匿名性の確保は不可能です。

(中略)

つまり、いざとなれば隠れる、逃げるといった対処法では決して問題の解決にはならないのです。ここで初めて、なるほど匿名を前提で記事が書かれているのかとわかります。

それにしても、逃げも隠れもできない覚悟を持ってまで匿名でやる必要性って一体なんなんでしょうか。ボクにはそこのところが実はよくわからないのです。

利点もあると思う

匿名である利点もあると思います。もし会社が素性調査で社員をGoogleで検索するというシーンは想像に容易いことです。悪意はなくても、そこから会社生活のコミュニケーションを深めようとするのも一つの手かもしれません。しかし、趣味と会社はしっかり分けておきたいという人もいるでしょう。そういう人からすると、会社で趣味のことを聞かれるのはうざったいものになります。それを避けるという意味では利点もあります。

 

ボクも一時期は匿名(ていうよりもラジオでいうラジオネーム)でSNS界隈に現れていましたけれど、ボクには意味がないのでやめました。匿名とはいえ、自分の名前とは違う名を持つということは、どうにも疲れます。匿名であることが逆に面倒になったんですね。なのでアルファベットの文字裡(もじり)はやっていますが、不器用なので本名を使うようになりました。

 

 

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